第16回大山登山マラソン

2001年3月11日(日) 晴れ
記録:45分55秒
順位:男子40歳代 9位

 土曜日はバイク練習、大井松田方面に出かけた。日曜日には大山登山マラソンで行けないので、土曜日に出かけた。宮古島も迫っているので、週1回はバイク練習に行くようにしている。一人では結構きつい練習となった。

 日曜日はほとんどいつもの通りの時間。6時起床で7時のバスに乗って大船へ向かった。8時頃の平塚から伊勢原へ向かうバスに乗る。伊勢原の会場には8時半頃に到着。今年の40歳代のスタート時間は、2番目の10時20分、いつもよりは早く、少しは時間的にも良い。少々のんびりしながら、準備を進める。ゴール地点へ送る荷物は、一応入賞のことも考え、長袖シャツを入れた。あとは普通の着替え一式だけ。入賞しなかったらつまらないので、余分なものは一切入れない。

 9時半頃から軽くウォームアップを始める。昨日のバイク練習のためか、太股にやや張りがある。結構気になっていた。ゴール地点まで持つだろうかという不安もあった。一応の目標は10位入賞、しかし、入賞はきびしいだろうというつもりでいた。1キロほどのジョグと充分なストレッチを行う。昨年と比べて暖かいのでその点で今年は楽だった。9時40分に50歳代が集合、10時にスタート。それに合わせて着替えをすすめる。10時には集合地点へ向かう。なぜか人は集まっていなく、またまた先頭に並んでしまう。そこで7,8分待たされてスタートの駅前へ向かう。日差しは暖かいが、日陰に行くと寒かった。

 今年は伊勢原市制30周年ということで、ゲストランナーが2人来ていた。1人は日産の出水田、もう1人が小幡、いずれも女性の一流ランナー、出水田は50歳代と、小幡は私達40歳代と一緒のスタートであった。小幡は思ったよりも小柄だった。秦野高校の出身とのことである。ゲストということで、一生懸命走るわけではなく、練習程度の様だった。スタートしてからは、会うことはなかったが、ゴールしてからは、阿夫利神社から特別表彰されていた。

 10時20分に予定どおりスタート。先頭から出ていくが、ペースはいつもの通り。少しずつ後ろから抜かれていくが構わない。その内に抜き返すだろうという位のつもりで走る。前の方の先頭グループは、初めのうちは直ぐ前に見えていて、今年は遅いような感じがしていたが、3キロくらい行った所では完全に見えなくなっていた。今年は特別に速いようだった。

 246号線の交差点の1キロ地点は3分32秒、いつものタイムとほとんど変わらない。まだ足に張りは感じられるのだが、きついという感じでもなく、そのままのペースを維持する。ここから先は徐々に登っていって、だんだんきつくなる。ペースはだんだん落ちていく。毎年同じコースを走っているので、記録を見返して来たわけではないが、だいたいのラップは憶えている。

 東名ガード手前の2キロはだいたい4分を切るくらい。今年も相変わらず、まずまず例年通り、3分56秒。まだこの辺ではゆるやかな坂だが、これからだんだん勾配がきつくなってくる。そして、徐々に前を走っていたランナーが落ちてくるところでもある。今年はきつくなってからも、しっかり後ろに付いてくるランナーが何人か居た。1人は、以前は私の前を走っていて、ほとんど入賞していたようなランナー(不二家所属のはず)で、昨年は私のひとつ後でゴールした。そのランナーが私を憶えているのか、しっかりとマークしているような気配であった。もう1人は小柄で山道では速そうな感じ、そして前から落ちてきて追いついたランナーと4人でしばらくは集団を形成していた。

 更に前にいたランナーは、徐々に差がつまってきて、1人、2人と捕らえていく。しかし、その先は、今年は全く見えなくなってしまっていた。例年ならば、1人、2人とぱらぱらと前方に見えているのだが、今年はそれがない。最初に10人くらいの先頭集団ができ、それがそのまま行ってしまったようだった。前に見えていたランナーはすべて抜き去り、うしろのランナーも坂がきつくなって来たところで引き離し、ほぼ自分の位置は確保できていた。しかし、それより前が見えていないので、いちばんの目標の入賞が危うい感じだった。

 5キロあたりまでは、まだ普通の坂道だが、6キロを過ぎて、バス折り返し場所となっている7キロの先までは、とんでもない坂道で、勾配は10%という表示が出ているところもある。歩くようなスピードになってしまう。ガラスに映して後ろを見ると、付いてきてはいない様子、後ろの心配はしなくて良いようだった。7キロ地点を過ぎれば残りは2キロ、しかしあとは階段が待っている。

 今年はここまであっという間に来てしまったような感じがしていた。例年ほど頑張っているつもりではないのに同じくらいのタイムが出ている。スタート前までは気になっていた足の張りなどは、もう全く感じなくなっていた。バス乗り場のあたりで11位という声が掛かった。思った通りだった。前に見えるのは、20分先に出た50歳代のランナーだけで、今年はやはり入賞は無理かと思ったが、何があるか分からないので、一生懸命、先を目指した。

 最後のきつい坂を上り、ついに階段が始まる。50歳代のランナーの他にもハイカーが居て、前がふさがれている。声を掛けて前をあけてもらう。そのうちに前方に、まわりよりは速いがスピードの落ちたランナーが見えてきた。40歳代の10位のランナーだった。見えてからは目標ができて、勢いがつき、差がどんどん詰まっていった。

 最初の給水所で前を行くのが10位だと声を掛けられる。もはや抜くしかなかった。前のランナーはスピードがかなり落ちており、石段のきつい登りでなんとか追いつき、難なく追い越した。しかし、後ろを見ると、下で併走していた昨年のランナーの姿が直ぐ下に見えていた。かなりしつこいランナーだった。その追い方にはかなりの迫力があったので、危機感をおぼえた。落ちついて登っているわけにはいかず、後ろも気にしながらの走りとなった。

 そのうちに、残り500m、600段あまりとなった。まだ足には余裕がある感じだったので、ペースとしてはこのまま行けそうだった。最後の階段で、いつもの高橋氏の応援(今年は出場せず、応援だけのようだった)、10位との掛け声、まだ余力があったので、抜かれることは無いだろうと安心したが、最後の力を出し、階段を駆け上がった。そして、登り終わってゴールイン。まだ黄色いリボンのついた順位札を持った女の子がいた。順位札は2枚見えた。階段の途中で、もう1人を抜いてしまったらしい。9位に入賞だった。2年連続、喜びの入賞である。しばらくして、時計を止めると46分を少し過ぎていたところだった。ベストタイムも更新していた。

 今年は何がそれほど良かったのだろうか。それほど無理して走った様なつもりもなく、階段でも特別つらいところもなかった。力みが無くて良かったのだろうか。いずれにしろ、今年は良い大会となった。今まで地道に続けてきたトレーニングの成果かもしれない。


  
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