第17回横浜マラソン

1997年11月9日(日) 晴れ
種目:21.1Km
記録:1時間21分17秒
順位:総合109位/1918人

 1Km 3:47 3:47 
2Km  
3Km7:3011:18
4Km3:5815:16
5Km3:5319:1019:10
6Km3:5123:02
7Km3:5626:58
8Km3:4930:48
9Km3:4734:36
10Km3:5838:3519:25
11Km3:4942:24
12Km3:5146:16
13Km3:4450:00
14Km  
15Km8:0958:1019:35
16Km3:171:01:27
17Km  
18.1Km8:221:09:49
19.1Km4:031:13:53
20.1Km3:351:17:2819:18
21.1Km3:471:21:16


 回を重ね、17回にもなった。私ももう何回目だろうか。出始めてから欠かした事の無いこの大会、私にとってはちょうど良い大会である。

 10月から好天が続き、11月になっても雨は降っていない。関内までは電車は30分ほど。7時過ぎに家を出て、山下公園にはちょうど8時頃に着く。いつもの所に場所を確保、すぐ受付を済ませる。ショップが出ているが特に買う物も無い。そのままいつものザ・ホテルヨコハマに行き、トイレを済ませる。荷物のところに戻り、暫くのんびり。参加者名簿から出場者の顔ぶれを探す。

 8時半過ぎからアップの準備を進める。軽いジョグとストレッチ、あとはウィンドスプリントを数本。9時15分頃にはアップも終え、25分頃にはスタート地点へ向かう。今年から新たに車いすの部が設けられた。来年の国体の準備のようである。また今までの年代分けも無くなり、男女1種目ずつで分かりやすくなった。そして9時半にその車いすの部がスタートしていった。

 スタート地点には我が鉄人クラブの塚越、数本、中村が既に集まっていた。そこへ私が行って4人、更に暫くして松岡、対馬もやって来た。鉄人の人口密度が高かった。スタートまではまだ20分以上。いつもの様に上にはTシャツを着ているが、それも要らない様ないい陽気である。

 簡単な開会式があり、その後10時ちょうどに、高秀市長の合図でスタート、まわりに合わせてハイペースで出て行く。着ていたTシャツを道端に投げ捨て、遅いランナーをかき分けながら前へ出て行く。7~800m行って左折、そして最初の上りに掛かる。その頂上で1キロ地点、タイムは3分47秒、速いくらいのいいタイム。このまま行けば、目標の1時間21分のクリアは問題無い。このままハイペースを維持して行きたいところだ。

 坂を下って工場地帯の中を行く。あとは見るような景色はどこにも無い。1ヶ所、シンボルタワーがあるくらいか。2キロ地点の表示がある様だが、毎年見逃す。今年も分からなかった。帰りの「残り2キロ地点」を過ぎ、3キロのチェックポイントへ向かう。この辺りはトラックの通行量も多く、路面は硬く、状態も非常に悪い。今年も同じところの3キロ地点は11分18秒。この2キロのラップが7分30秒、いいペースだ。

 その後左折し、産業道路へ。ここも路面は悪い。およそ1キロ行き右折、日産前の4キロ地点へ。この辺りで車いすの選手とすれ違った。この地点は毎年遅い。距離が長いのか、私がひと息付いていのるか、どうだろうか。そして5キロは19分10秒、ちょうど3分50秒平均のいいタイム、気を良くする。毎年最初の5キロは遅く、気落ちするのだが、今年は速い。

 そしていつものかもめ町交差点を過ぎ、6キロ。更にぐるりと回ってホームストレート(?)。その中間辺りに7キロ地点。5キロ過ぎ辺りから前方に数本を確認していた。次第にペースが落ちてきている様で、7キロ辺りで捕らえ、ひと声掛けて抜き去る。

 だいぶ私の調子も上がってきた。かもめ町の陸橋をペースを落とさず上り、すぐ左折。そして勢い良く下る。すると、もう間もなく先頭が折り返してくる。今年はそれほど有名人もいなかった様だ。ぱらぱらと何人か続き、角田を含む集団が行く。相変わらず速い。そろそろ50歳になる。その後暫くして塚越を発見、かなり速い位置にいる。その後ろに女子トップの旧姓田村有紀がいた。

 8キロを過ぎ、折り返し。そして9キロと続く。だいぶいいペースになってくる。折り返してからは、堀、奈良島から声が掛かる。そのまま建設中の高速道路の下を進み、Uターンして陸橋を上る。そして下ると、かもめ町交差点。昨年の堀さんの件を思い出し、注意深く通り過ぎる。10キロは38分35秒。坂のアップダウンでややペースは落ちた様だが、5キロは19分25秒のまずまずのペース。これからのペースアップに期待する。

 いつものコースを進み、中間点を通過。タイムは特に気にしない。そしてその先、初めての給水所。今日は割合に暑いので、水が欲しくなる。口に含み、あとは頭に掛ける。その先に11キロ地点、気持ちを入れ替え、ペースアップを図る。前方に上下黒のウェアの田町SCのいつものメンバー。今日は追い付くのがだいぶ早い。軽くかわして前に出る。更に前のランナーを目指す。12キロを過ぎた辺りで前方に川俣氏を発見。目標にしてペースを上げる。やはりその差は徐々に縮まっていった。

 少し前--11キロ辺りだったか、左足にまめができ始めていた。少しずつ痛くなっていたのだが、そんな事は言っていられなかった。

 日産前辺りで13キロ地点、川俣氏との差はだいぶ縮まっており、追い付くのも時間の問題だった。スプリットも50分ちょうど。ペースもだいぶ上がっていた。右方向へ折れ、海釣り公園へ向かう。右側は海だが、堤防があり景色は良くない。前方にシンボルタワーが見えるだけである。

 この直線で川俣氏を抜き去る。後ろには追い抜いたランナーがしっかりと付いて来ている。せり合ってペースが上がる。14キロ地点は見逃し、15キロ地点はいつも距離が違っている。ラップは8分09秒と悪い。シンボルタワーをぐるりと回って16キロ地点の関門を通過する。15キロ地点が長い代わりにここはいつも短い。関門を気にするランナーにとっては好都合である。1時間01分27秒。未だかつて10マイル-16キロを60分を切った事が無い。一度はと思うが、なかなか実現はしない。

 倉庫街の直線が1キロほど続く。前のランナーに追い付き、ペースを上げる。まめの痛さを感じながら、更にペースを上げて走る。17キロは見逃し、右へ折れ産業道路へと向かう。トラックのわだちが気になる。時折、10キロの部の遅いランナーに追い付く。10キロのランナーはもう殆どいない。

 もう一度右折し産業道路へ出ると、残りは3キロ程になる。路面はコンクリートで走るには適さない。足の裏が痛くなってくる。あと3キロ地点、1時間09分、なんとか目標の21分台は出そうである。最初から飛ばしたせいか、足の裏にまめができ、そしていつもの様なスパートは難しい。首都高速のガードをくぐると、もう残りは2キロ程。3度目の給水を取り、ラストスパートを気にかける。

 前方に赤いゼッケンを発見、たぶん女性だろうと思う。何位か、誰かは不明、しかし相当速い。追い付きたいと思いながらラストのペースを上げる。残り1キロを切り、陸橋を上ると、その差は100mも無い。もう少し距離があれば追い付きそうな感じがする。陸橋を下り、右折するとゴールまでおよそ1分、300m以上はある直線である。ここは毎年走るたびに嫌なところである。スピードを上げているのだが、なかなかゴールにたどり着かず、ラストの速い学生らしきランナーからは置いていかれてしまう。

 ゴール前の時計が1時間20分を過ぎていて、ほぼ20分台のタイムは無理だった。そしてゴールは1時間21分16秒。一応初期の目標どおりの結果となった。ひと安心。直前に居た女性は旧姓宮原美佐子だった。まだまだ速い。3位との事だった。女性1位は田村、3位が宮原と旧姓のランナーが活躍したレースだった。

 レース後足の裏を見たら、大きなまめが出来てしまっていた。痛いはずである。暑かったからか、スピードが速かったからか、仕方のないところだった。レース後は鉄人のメンバーと中華街へ出掛け、美味しい料理とビールで労をねぎらった。(¥3,500)お疲れ様でした。

(No.271)


  
home report