第12回三浦国際市民マラソン

1994年3月6日(日) 晴れ(北の風12.1m 7.4℃ 28.8%)
種目:ハーフマラソン一般男子
記録:1時間22分08秒
順位:総合98位/4980人

 LAP SPL.Dis.(/Km) 
4Km15:4115:414Km(3:55)三浦霊園先、上り坂途中
8Km15:0930:514Km(3:47)大橋入口
折り返し5:1136:03城ヶ島内
12Km10:2846:314Km(3:55)岩堂山手前
16Km15:591:02:304Km(4:00)金田合流手前
18Km7:311:10:022Km(3:45)海岸線
21.1Km12:051:22:083.1Km(3:54)ゴール


 今回のレースは特にこれといった目標も無く、ただ出場、完走という意識しか無かった。前日竹山より連絡があり、一緒に行くとの事。朝6時過ぎのバスで上大岡まで行く事にした。朝は例年と同じく5時頃起床、家は6時過ぎに出た。天神橋で江ノ電・横浜行きのバスに乗るが、竹山は乗っていなかった。次の神奈中・県庁行きのバスに乗ったらしい。上大岡より京浜急行で三浦海岸へ、7時20分頃着いた。駅前で竹山とバッタリ会った。会場は三浦海岸、5分ほど人混みの中を歩く。最近この三浦マラソンは、何故か人が多い。それに受付も先にゼッケンやTシャツ、大根の引換券が先に送られて来てしまう。ゼッケンなどはいいものの、以前は三浦はフィニッシャーTシャツだった。いつの間にか参加賞になってしまっていた。残念だ、などと思いながら、強風の中手続きを済ませ、スタート地点そばの海岸へ場所取りをする。今回は竹山の持って来たのぼりを立てる。これで皆ここに集まって来る。

 5キロのスタートは8時40分。私は初めは5キロ、ハーフの両方を走る予定でいたが、竹山の友人が走りたいという事で5キロは譲った。当日ゼッケンを渡すところでひと騒動あったが、何とか無事走る事ができた様だった。ハーフのスタートは、10キロのスタート7分後の9時37分。10キロの全員がスタートするまで4~5分掛かるので、スタート地点への集合にも慌しいものがあった。それでもスタート位置は前から数メートルのところに何とか並ぶ事ができた。ハーフの部の招待には、元資生堂、現在は無印良品に変わった谷川真理がいるとの事だった。しかし姿などは見えなかった。

 予定通り37分にスタート。多少混雑はしたが、ほぼ問題無くスタートを切る事ができた。スタートはやや速すぎるくらいのペースで出て行ってしまった様だった。いつもある1キロ地点の表示は無かった。その先で、もう10キロの部のランナーに追い付いてしまう。全くスピードが違っていた。5キロの部の折り返し地点辺りまでのおよそ1.5キロは、10キロの部の遅いランナーの横を走る事になった。

 2.5キロほど行ったところで10キロのランナーとはお別れし、右へ折れ三浦霊園へと向かう坂道を少しずつ上る。毎年の様にいつも少しではあるが霊園の中では応援があり励みになる。この三浦霊園がこのコースの最初の難所だろうか、ひと苦労する。上りきると一気に下って霊園の外へと出る。その先は更に急な上り。いつもはこの辺りでスピードの落ちたランナーを一気に抜き去るのだが、今年はどうした事かその影が見えない。少しは捉えるが、逆に後ろからのランナーに抜かれる始末である。私も力が落ちたものか、と少々がっかりする。あるいは最初のスピードが速すぎたか、またあるいは少々太ももが張っているのは昨日の30キロほどの自転車のせいだろうか、などと考えながら走った。

 その先の上りの途中に4キロ地点。15分41秒という立派なタイムだった。これならとりあえず文句は無いだろうと思った。その先もキャベツ畑の中のアップダウンを繰り返しながら岩堂山へと向かう。頂上はおよそ5.5キロ地点あたり。5キロを過ぎ、また下りにも差し掛かり、少々本来の調子になったかと思ったが、やはりまだ周りが速い。ペースが思うように上がっていかないのは何故かなどと思いながらも、じっと我慢のレースとなった。ぽつりぽつりと抜かれる。しかし前のランナーも少しずつではあるが捉える事もできる。

 岩堂山からの下りを降り切り、カーブをいくつか曲がると大橋に差し掛かる。その8キロ地点は30分51秒。なんとこの4キロのラップは下りが長かったせいか15分09秒、ペースとしては良い方であった。大橋を渡り始めたところで広報車。トップは2人ほどいたような気がした。良くは憶えていない。その後何人かいて、そして大橋を渡り終わったところで招待の谷川真理。総合でも10位くらいの様だった。素晴らしい走りを見る事ができた。それを見て少し気合いが入った。

 折り返しは36分03秒。まだ昨年より良いタイムである。折り返してから風がやや向かい風。その為冷たい風が体中に当たり気持ちが引き締まった。大橋で対向するランナーも物凄く多い。およそ5000人という出場者である。いちいち見ていたら眼が回ってしまいそうである。何人かの知り合いから声を掛けられる。その度に気合いが入る。順位も少しずつ上がっていく。やっと本来の走りが始まった様な気がした。

 そろそろ岩堂山が見えてくる辺りに12キロ、46分31秒。8キロからは15分39秒。やや疲れが出始めたか、或いは上りの方がやや多かったからか。岩堂山への緩やかな長い上りではやっと今までの様なゴボウ抜きが少し見られた。走りにかげりの見えたランナーなどを次々に捉え、後ろから付いて来るランナーも引き離した。

 岩堂山もひとつのピークだが、復路はまだまだその先アップダウンがきつい。これ以上のコースである。三浦霊園まで下ってきてからもう暫くタフなアップダウンが待っている。14~5キロ走ってからのこのコースはとてもきつい。山を2つばかり上る事になる。その為か、16キロは1時間02分30秒。ラップは15分59秒で、何とか15分台をキープした程度となってしまった。

 16キロ地点があってから暫く我慢して金田の合流。10キロコースの復路へと出る。ガソリンスタンドの先から急激な下り坂が続く。16キロを走ってきた脚にはこの下りは非常に辛い。とても脚に負担が掛かる。坂の途中に残り4キロ。今日は『まだ4キロある』といった感じがした。しかし今日は特に競うような相手もいないので、マイペースで走り、ラストは気持ち良くフィニッシュしようという気持ちで走っていた。

 18キロ地点の表示は坂を下りきって暫くしたカーブの手前。その先の大きなカーブを曲がると、5キロの部の折り返し地点が見えてくる。往路で海岸から分かれて行ったところでもある。残りは2.5キロ。ここは来る時は分からなかったが、少々坂道になっており、帰りは上りのコースである。20キロほど走って来た体にはほんの少しの上りも辛く感じる。

 そこを過ぎれば残りはわずか。最後の力を振り絞り、少しでも順位を上げようと努力する。途中、103位などという声も聞こえた。女性が前に3人いるようであり、男子だけではちょうど100位くらいのところだと思い、やはりいつもの様な順位だな、などと思った。ラスト、後ろからやや年配ではあるが、走る姿はまるで瀬古の様な上下動の無いきれいなピッチ走法のランナーが、私を追い越して行った。しばらくはその人の後ろを付いて走ったが、じわじわと離されてしまい、ゴールの時は見えなくなってしまっていた。

 最後は気持ち良く走り切ることができた。天気も良くやや風が強いコンディションであったが、気持ちのいいレースをする事ができた。ゴールは1時間22分08秒。ほぼ昨年と同じタイムでのゴールであった。まずまずのレースであったと言えるだろう。お疲れ様でした。アフターレースは佐藤、西山氏とわざわざ三崎港まで出向いて美味しい鮪を食べて帰ってきました。ごちそうさまでした。

(No.175)


  
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