第11回横浜マラソン
1991年11月10日(日) くもり
種目:20Km 一般男子
記録:1時間14分53秒
順位:37位/1484人 総合112位/2238人
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1Km | 3:48 | 3:48 | | | 陸橋上 |
2Km | 3:39 | 7:27 | | | 給水所先 |
3Km | 3:41 | 11:09 | | | 高速入口 |
4Km | 3:53 | 15:03 |
5Km | ------ | -------- | (18:51) |
7Km | 11:24 | 26:27 | | | 陸橋手前直線 |
8Km | 3:58 | 30:25 | | | 折り返し直後 |
9Km | 3:56 | 34:22 |
10Km | 3:40 | 38:02 | (19:11) | 38:02 |
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11Km | 3:43 | 41:45 | | | 給水所先 |
13Km | 7:26 | 49:11 | | | 海釣り公園入口 |
14Km | 3:28 | 52:39 | | | 直線まん中 |
15Km | 3:51 | 56:30 | 18:28 | | シンボルタワー折り返し直後 |
17Km | 7:23 | 1:03:54 | | | 産業道路あと3キロ |
19Km | 7:21 | 1:11:15 | | | 産業道路高架下 |
20Km | 3:35 | 1:14:51 | 18:21 | 36:49 | 山下埠頭 |
1ヶ月ぶりのレース、そして2週間後には河口湖がある。そういう横浜マラソンである。今回はスピードに重点を置く事を目標とした。タイムとしては、5キロ18分30秒、次の5キロは19分00秒で10キロは37分30秒。その次は19分00秒、最後の5キロは再び18分30秒に上がって同じく37分30秒。トータル1時間15分00秒という事になる。最近の走り込み、スピード練習という事から判断して、何とかこれくらいは行けるのではないかと思った。とりあえず初めからスピードアップして行く事を目標においた。
起床6時15分、出発7時10分。本郷台7時28分~石川町7時50分。この頃は受付が変わり、関内まで行くよりも石川町の方が近い。運賃も80円ほど安い。山下公園到着ちょうど8時、受付開始の放送があった時だった。受付を済ませ買い物などをしていたら8時半になっていた。
久しぶりのレース、久々に会う顔もあった。総勢12名ほど。ちょうど9時頃からウォーミングアップを開始。今までの調整もうまくいき、今日は体も軽い。そして今日はレースではなく、河口湖のためのスピード練習という方にウェイトを置いていた。従って、ハイスピードでどの程度のレースができるだろうか?という確認をするのが第一目標でもある。
ランナーズに載っていたウォーミングアップ方法を参考にし、軽めの、そして十分なアップをする。トイレはザ・ホテル・ヨコハマを拝借する。空いていて、きれい。言う事は無い。アップはおよそ25分間、たっぷりと汗をかくくらい行った。ストレッチは十分、ダッシュも数本。すぐに着替えを済ませ、ワセリン、サロメチールを塗り込む。最近はレースになるとももの肉側が擦れて困る。やや肉がだぶついてきたか…。
スタート20分くらい前にスタート地点へと向かうが、既に前の方にはかなりの人数が集まって来ていた。前の方へ横から割り込む。15分程前から開会式、高秀市長の挨拶など。スタートは定刻どおり10時。市長のピストルの合図でスタートした。
並んだ位置は先頭から5mくらいのところ。スタート直前には周りはぎっしりになってしまった。従っていきなりスタートダッシュというわけには行かない。50mも走ったところで何とか徐々にスピードが上げられる。スタート前に着ていたTシャツを道路の端に置いて行く。200mも走ればもうトップスピードになっていた。
いちょう並木を通り過ぎ、ゴール前を左手に見ながら通過、陸橋を上る。ちょうど上りきった辺りで1キロ地点、3分48秒で通過。初めのロスタイムを考えるとまずまずのペース。出だしは予定どおりと言ったところ。
2キロは給水所の先。既に水を取っているランナーもいる。少々上りながら橋を渡る。横浜マラソンは全コース殆んどフラットなだけに、小さな坂でも結構きつく感じてしまう。
3キロ地点はベイブリッジへ向かう高速の下を行き過ぎたところ。ゆるやかに右折したところである。ここまで11分09秒、なかなかのハイペース。調子が良い。ぐんぐん行く。錦町方面に向かって大きく右折、この辺りややペースダウンした様である。後ろからだいぶ抜かれて行く。その中に勝倉もいる。調子良さそうに走って行く。しかしそんなに飛ばして行って大丈夫だろうか…。すぐに人の事を心配してしまう。
4キロ地点ではややペースダウンしたものの、その先5、6、7キロの3キロは再びペースアップ。およそ5キロ地点、折り返してからの11キロ地点(給水所)に鉄人クラブの菅野さん、陸連の役員として働いていた。
7キロを過ぎ陸橋を越える。下りてしまうとすぐに折り返し。8キロ、9キロとペースを上げたつもりでいたがあまり上がらず。陸橋の上り下りがあったからか…。前を行く勝倉との差もあまり変わらず、70~80mといったところ。しかし初めの折り返しを過ぎややペースが落ちたか、少し差が詰まった様に見えた。ここの折り返しは好きなところである。元気が出てくる場所である。
10キロはかもめ町の曲がり角。タイムは38分02秒。目標の37分30秒は出なかったが、まずまずと言ったところ。残り半分も同じタイムで何とか昨年と同じ1時間16分というところ。後半きっとペースも上がるだろうから、何とかなるだろうというところであった。
11キロ地点に給水所、再び菅野氏。前を行く塚越氏とは1分30秒差との事。彼もかなり速い。たぶん追い付く事は無いだろう。12、13キロと徐々にスピードアップ。そして海釣り公園に入ると路面もアスファルトで良くなり、走りやすくなる。ペースは更に上がる。
9キロ辺りから若い番号(150番)を付けた若いランナーと競り合う。肩がぶつかり合いながらの激しいデッドヒートが繰り広げられていく。13キロの標識の辺りでは月例マラソンでいつも私の前を走っている小沢氏をとらえた。私の調子が良すぎるのか、他のランナーが不調なのか…。どうも全て後者の様に見えて仕方がなかった。それもみんな自分の調子が良いからだろうか…。
海釣り公園に入って勝倉との差はみるみるうちに縮まってきた。この辺りは海辺のため、神奈川マラソンのコースと似たような感じだった。そして15キロを過ぎたところで遂にとらえる。15キロは56分30秒、とても速い。しかし今までひとつの目標としてきた10マイル60分も、これではほんの少し間に合わない。しかしこれもなかなか難しい。--しかしゴールでは1時間14分53秒、10マイル60分のペースを上回る事ができたという事になる--。
海釣り公園から産業道路に戻ると残りは3キロ。やや落ちたと思ったペースも、若いランナーとの競り合いで再び徐々に上がる。清水会長はメガホンを持って応援。奈良島氏はカメラを持って応援してくれていた。写真もちゃんと撮ってくれただろうか…。
追い抜いた直後はすぐ後ろを走っていた様だった勝倉も、だいぶ後ろに後退してしまった様であった。暫く後ろで聞こえていた足音が聞こえなくなってしまった。残り2キロも無くなったところでは、レースではいつも私の前を走っているトライウィンドの奥田をも抜き去った。今日はずいぶんとバテてしまっている様であった。
残すところ1キロになってもスピードは落ちない。互いに競り合いながら、どんどんスピードは上がっていった。陸橋を上り切るともうゴールは間近。下り切るとすぐに右折、いつもの様にそこにはデジタル時計。ここからゴールまではおよそ1分掛かる。タイムは1時間13分40秒台を示していた。何という大記録か。ゴールすると16分台はおろか15分も切ってしまうというタイムが出てしまう。
ほっとしたところへ私の名前を呼んで声援を送る人がいた。鉄人クラブの古沢さんであった。最後に来て更に元気が出た。最後の直線、ややスピードが上がったか、しっかりとした足取りでゴールイン。時計はまだ14分台を指していた。一生懸命走ったせいか、左足裏のいつものところにまめ、そして両脚は筋肉痛に悩まされてしまった。
レース後はいつもの様にビールで労をねぎらう。そして1年振りに中華街へと繰り出した。腹いっぱいになった横浜マラソンでした。
ちなみに、36歳以上20Km10位は1時間11分前半のタイム、まだまだ…。女子の1位は14分04秒。女子のトップには勝てませんでしたが、2位は15分47秒。資生堂神沢(旧姓根岸)良枝。残り2.5キロ辺りであっという間に抜き去りました。今回はとても速かった、という印象しかありません。実は私はこんなに速かったのです。
(No.115)
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