第1回東日本国際駅伝大会

1990年9月23日(日) 晴れ
種目:駅伝(5Km×4人)一般男子
記録:1時間14分57秒 72位 第4区 18分50秒


 今日は第1回東日本駅伝。我がクラブからは一般男子3チーム、女子1チームの4チーム合計16人。第1回というわけだからでもないが、こういうレースに初めて参加のメンバーも多くいる。女性チームは佐野さん、ひろみさん、ママさん。大して速いとは思わないが、それなりに走ってくれるだろうという期待はある。あとの男性チームは、Aチームが竹山、勝倉、石井、本吉。B、Cチームの構成はよく分からないが、佐藤善、西山、佐藤智、国弘、羽生、横溝、桂田、西村というメンバーだった。場所はトライアスロンでお馴染みの相模原。トライアスロンと全く同じコース取りである。

 女性の部は10時30分スタート。ゲート前に8時45分集合。到着までおよそ1時間半ほど、結構遠いところである。すぐに受付を済ませて準備に取り掛かる。どんなレースになるか楽しみだった。佐野さんはおよそ26~7分といったところ。もう少し速いかなと思ったが、ややがっかり。次の2区3区は何とかキロ5分を切っていた様で、まあこんなところだろうというところ。ラストのママさん、あまり走っていなかった様で、やや練習不足といったところだろうか。30分弱というところだった。初めての駅伝、初めてのレース、ご苦労様でした。

 女性が終わりひと段落すると、我々一般男子の番である。約440組の参加、スタートは12時30分。第4区の私のスタートはおよそ55分後、1時25分頃と予想する。スタートの20分前からゆっくりとアップを始める。15分もするとたっぷりと汗をかいた。男子の部も定刻どおりスタート。440人のスタートだが、皆スピードランナーだけにもの凄い勢いで出て行った。出場する身はのんびりとスタートを見ている事もできない。着々と準備を進める。

 15分も経たないうちにもうトップは帰ってきてしまった。そのうち竹山は帰って来るだろうと思っていたがなかなか来ない。50人、100人と数えたがまだまだ。150人程数えたころ、力無い走りで帰って来た。それでも18分30秒を過ぎたくらいであった。

 勝倉にたすきリレー。およそ80人程ごぼう抜きという事だった。ずいぶん良い気分であった事だろう。次は石井、どれくらいで帰って来るか楽しみであった。だいたい皆予定どおり、調子よく帰ってきた。

 「B」ゾーンで石井よりたすきを貰う。前に何人いるか分からないが、抜けるだけ抜いてやろうというつもりで走る。2キロ地点は7分15秒ほど。このあたりまでに第4区の「赤ゼッケン」を4~5人抜き去る。ここまではだいぶ良い調子であった。しかしまだあと3キロ残っていた。「赤ゼッケン」の他に、第3区の「白ゼッケン」もまだまだたくさん走っていた。そちらは何人でも居るだけ抜けるという状態だったが、それを抜いても何にもならない。

 3キロ地点のガソリンスタンドを過ぎた辺りから、後ろにランナーの気配がしてきた。2人連れにあっという間に抜かれて行ってしまった。その後、ぽろり、ぽろりと2人ほどに抜かれた。前半飛ばし過ぎの為か、スピードはだいぶ落ちていた様だ。

 倉庫群を過ぎると残り1キロ、まだまだ辛かった。この辺りから応援も再び徐々に増える。最後の力を振り絞り、ラストスパート。前のランナーに置いて行かれないように頑張る。

 ゴール前の応援はかなりの人出。我がチームの応援も結構出ていたが、応援に応える余裕も無い。最後、ゴール前でひとりに抜かれてしまったが、追い付いて行けない。目いっぱいであった。

 ゴール前の時計は1時間14分台。もう間も無く15分になるところ。何とか15分だけは切ろうと最後の力を振り絞る。ゴールタイムははっきり見えなかったが、14分57秒程度であっただろう。こんなにきついレースは初めてであった。
皆さん、ご苦労様でした。

(No.96)


  
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