第37回勝田全国マラソン大会
1989年2月11日(土・建国記念日) 晴れ
種目:42.195Km
記録:2時間56分28秒
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0 | Km | 0:30 | |
5 | Km | 20:47 | 20:17 |
10 | Km | 40:37 | 19:50 |
15 | Km | 1:00:06 | 19:28 |
20 | Km | 1:20:20 | 20:14 |
25 | Km | 1:40:24 | 20:03 |
30 | Km | 2:01:01 | 20:37 |
35 | Km | 2:23:00 | 21:58 |
37 | Km | 2:31:30 | 8:30 |
38 | Km | 2:36:03 | 4:32 |
40 | Km | | | (23:15) |
41 | Km | 2:51:22 | 15:19 |
42 | .2Km | 2:56:28 | 5:06 | (10:12) |
今日は時間的には先日の横田基地の時とちょうど同じである。5時前に起床。ご飯と餅を食べ、おいなりさんのお弁当を作って貰って、5時50分頃には家を出ていた。あとは殆ど予定どおり。横浜、東京を経て上野に7時20分頃到着した。ホームに入っていた「ひたち5号」にはランナーがたくさん乗り込んでいた。予約しておいた指定席にゆっくりと座る。定刻どおり、7時30分に発車、一路勝田へと向かう。列車の中では今日の為に用意したスペシャル用のボトルの準備をする。このあたりもこのレースの楽しみのひとつであろう。スペシャルドリンクを置けるレースなど、滅多にあるものでもない。
途中5分程の遅れで水戸に到着。次に来る鈍行を待ち勝田へと行く。勝田駅は思ったほど大きな駅ではなかったが、街自体は結構大きい街の様だった。ちょうど来た無料バスに乗り込み会場へと向かった。到着した時は既に大会の雰囲気にあふれ、だいぶ盛り上がっている様だった。すぐに受付を済ませ、そしてスペシャルドリンクもお願いする。
そこまで終わると、もう9時45分頃。そろそろウォーミングアップも始めなければならない。まだスタートの勝手が良く分からない為、少し早め、早めの準備をしていった。ジョグを少し長めに行い、ストレッチもよく行う。体にはサロメチールとワセリンをよく塗り込み、10時40分にはスタート地点へと向かった。天気も良いので、ウェアはランニングとランパンで十分である。
今回のレースの目標は2時間55分を少しでも切る事である。それを達成する為に、5キロ20分というペースを守って行く。そしてそれがどこまでもつかという点がポイントであろう。35キロ過ぎまでもてば50分台の前半はいくであろうし、かなり手前でダウンすれば、3時間ぎりぎりといったところである。自分としては、52~3分程度が現在の最高タイムであろうと踏んだ。悪くとも54分台を、というところである。
勝田市市長の合図でスタートが切られた。風は少し、天気は最高というところである。スタート地点の通過までのロスタイムは29秒。最初はどうしてものんびりになってしまい、なかなか思うように進めない。300mほどして右折。それから長い直線道路に出る。行く時は殆ど平らの様に思えた。調子良く行く。ちょうど4分ペースで走れている様だった。
直線の終わりになる辺りで少し上り。それを過ぎて右折。細い道路になる。その先に5キロポイントがある。20分47秒。最初のロスタイムとスローペースからすると、コンスタントのペースはやや速過ぎただろうか。天気は非常に良く、2~3キロ行くとすぐに汗ばんできた。自分のコンディションも最高の様である。ただ、やや風が強いかな?といったところである。しかし何しろレースは順調に進んでいった。
5キロを過ぎ、1キロほど行ったところで鋭角に左に折れる。ここから暫く国道245号をまっすぐに進む。8~9キロはあるだろう。多少のうねり(アップ・ダウン)のある道を、とにかくまっすぐ進む。道路はかなりの交通量がある為か、わだちができてしまっていて、車の通るところがへこんでしまっている。なるべく真ん中を走る。
10キロは40分37秒。ラップは20分を切り、19分50秒でクリア。なかなか好調の様である。5キロを過ぎた辺りで、いつの間にか勝倉が後ろに来ていた。ややペースとしては速すぎるのではないか、などと心配する。結局25キロ過ぎまではほぼ一緒に行く。あとは少しペースダウンした様だ。
もう暫く国道を行く事になる。調子は悪くなく、5キロもあっという間に来てしまうといった感じもあった。ただ11キロを過ぎた辺りにスポンジがあっただけで、16キロポイントまで給水所が無いのが少し辛かった。そのスポンジも、突然あるのがわかり、取ることはできなかった。
15キロの少し手前で国道を左に折れる。いきなり路面の状態が悪くなり、少し焦ってしまう。我慢して走る。そして15キロは1時間00分06秒。だいぶペースも上がったようだ。この5キロは19分28秒、少し速過ぎる気もする。
15キロを過ぎ、やっと給水所に着く。軽く口に含む。それを過ぎると暫く前から前方に見えていた鉄人クラブの松本氏に追い付き、追い越して行った。調子がいまいちの様である。しかし声を掛けると再び追い付き、一緒に暫く走る様になった。20キロ辺りまで併走して行った。あとはずっと前の方へ行ってしまった。調子も戻った様であった。20キロは1時間20分20秒、この5キロは20分14秒。ますます順調。
暫く行って左折。およそ21キロ地点。その先に待望のスペシャルポイントがあった。やや濃い目のポカリスウェットとバナナ1本。少し空腹感を感じたところにはちょうど良い。すぐ後ろを走っていた勝倉にも半分分ける。ここでまた少し元気が出る。元気が出たところで25キロ地点へと向かう。
この辺りまで来ると、所どころに私設の給水所やエイドが出ている。左折すると目の前に陸橋が見える。やや長い上り坂、常磐線の線路を渡る橋の様である。上り切ってしまうと次は下り坂。その先に25キロポイントがあった。1時間40分24秒、この5キロは20分03秒。やはり順調である。その先左折して北越製紙の工場をぐるりと回る。元のコースに戻るところの道路は工事中なのか、舗装もされずややぬかるんだ砂利道であった。
その先30キロ付近では前もって知らされていたコースとは異なり、折り返しコースが途中に入っていた。この為、35キロ過ぎの折り返し部分は無くなっていた。ここでコースの概略が全く分からなくなってしまった。
折り返してから31キロのスペシャルテーブルが用意されていた。実際には30.5キロポイント辺りの様である。マヨネーズの空き容器に入れたポカリスエット、それにバナナ1本。たっぷり飲み、残りは頭からかぶる。このスペシャルテーブルでは高校生が私のボトルを指差して示してくれたお陰で楽に取る事ができた。どんな選手にも一流気分を味あわせてくれるという事で、なかなか気に入ってしまった。応援もまばらだが、常に誰かが応援してくれている。この勝田マラソン、なかなかのものの様だ。
その先左折し、割と細い道に出た。山道の様なところから右折して、まだできたばかりの様な良い道へ。これまでは常に前方や左、右から風が吹いていたが、この広い道では全くの追い風。風の抵抗も無く、音も全く静かになってしまった。この道路のところでは、みかん箱に皮をむいたみかんを入れ、配ってくれている女性がいた。半分口に頬張り元気になる。34キロの少し手前辺りであった。
この辺から徐々に、徐々に疲れが出始める辺りであった。結局この辺では、それまでほぼ4分ペースで来ていたものが、4分半近くに落ち始めた様であった。この追い風のところを右折、細い道路に出て1キロほど行って35キロ地点、残り7キロポイントになった。あともう30分あればゴールといった辺りである。2時間23分00秒、5キロは21分58秒。キロ当たり4分24秒まで落ちてしまった。
狭い道の中、37キロポイント、残り5キロポイントは2時間31分30秒。しかしこの辺りではもう既にふくらはぎにかなりの疲労がきていた。だいぶ筋肉が張りつめていた。38キロポイントは細い道から元の広い道路に出て右折した辺りである。かなり疲れ、つらい気持ちで走る。いくら頑張ろうと思っても足が進んでくれない。昨年3月のびわ湖マラソンの瀬古の気持ちが良くわかる様な気がした。顔までゆがんでしまう。2時間36分03秒、4分32秒。
41キロまで殆ど直線道路。スタートの時には分からなかったが、こんなにアップダウンがあるとは思わなかった。41キロ手前では、こんな坂があったのだろうか、こんなに上っていたのだろうかという気がした。残り1キロまで1キロ毎の表示があったはずだが、こちらはそれ程の余裕も無く、ただ前を見て走るだけで精一杯だった。
結局38~41キロまでの3キロは15分19秒、2時間51分22秒。全くの5分ペースになってしまっていた。あと1キロ、4分で走れる程の元気もなく、55分を切ることも、55分台も無理になってしまった。41キロ地点の給水所では水を1杯。それから暑くなってしまった頭に1杯の水をかけてやった。これであと1キロ、何とか走れそうだった。
スタートしたところまで戻ってくると、あと残りは500m程。だんだん人垣が増えてくる。人で道の両側に壁ができてしまい、その幅も1m程しかない。みんな拍手をもって迎えてくれているが、自分にはそれに応える余裕も無い。ただ少し前を見て前進するだけであった。グラウンド手前に置いてある時計は、55分から56分にと無情にも切り替わっていく。
グラウンドに入り、さらにゴール手前の通路でも後ろからはまだ元気の残っている人が、私の横を元気よく抜いて行った。私はただそれまでと同じペースでゴールまで歩を進めた。どこがゴールだか分からぬまま、ゴールイン。止めた時計は2時間56分28秒を示していた。何とか3時間は切れた様だ。
今までの記録を2分程更新した様だった。しかし疲労いっぱいの体にはそれを喜ぶ余裕も元気も無かった。ゴールした後は元気無く疲れ果ててごろりと横になってしまった。やっと勝田マラソンが終わった。
帰りの電車は、勝田発16時54分の特急ひたち、指定席に座ってのんびりと帰ってくる。地元の中山さんが作ってきてくれたお弁当とビールでお腹いっぱいになる。ビールはたらふく飲むことができて、アフターマラソンも十分に楽しむことができた。これだからマラソンはやめられない。来年もまた来たくなってしまった。それではまた来年。
(No.55)
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